大判例

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東京高等裁判所 平成11年(う)1232号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人有限会社A及び被告人甲野太郎をそれぞれ罰金九〇万円に処する。

被告人甲野太郎においてその罰金を完納することができないときは、金五〇〇〇円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

被告人有限会社Aから、押収してあるビデオテープ六本(当庁平成一一年押第四六一号の1、3、4、6、7、9)及び雑誌三冊(同押号の2、5、8)を没収する。

理由

本件控訴の趣意は、熊谷区検察庁検察官事務取扱検事河野芳雄作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人清水英夫、同鈴木五十三、同近藤康二が連名で提出した答弁書(一)ないし(三)記載のとおりであるから、これらを引用する。

〔一〕  控訴趣意に対する判断

論旨は、原判決の法令解釈適用の誤りを主張するもので、その理由とするところは、要するに、原判決は、本件埼玉県青少年健全育成条例(以下「本条例」ともいう。)違反の各公訴事実中、被告人甲野太郎が、被告人有限会社Aの従業員と共謀の上、被告人会社の業務に関し、(1)平成九年一一月二七日に、埼玉県熊谷市大字奈良〈番地略〉(平成一〇年八月三一日付け起訴状記載の公訴事実第一の一)、同県大里郡江南町大字野原〈番地略〉(同第一の二)及び同県熊谷市大字佐谷田〈番地略〉(同第一の三)にそれぞれ設置する各自動販売機の中に、平成一〇年二月二六日に、同県羽生市東〈番地略〉(同第二の一)に設置する自動販売機の中に、並びに、同年一一月二五日に、同県大里郡岡部町大字針ケ谷〈番地略〉(平成一一年二月一八日付け起訴状記載の公訴事実)に設置する自動販売機の中に卑わいな姿態若しくは性的な行為を描写した場面の合計が三分間以上のビデオテープ又は同様の姿態若しくは場面を被写体とした写真を二〇頁以上掲載した雑誌(以下これらを総称して「有害図書等」という。)をそれぞれ収納したとの各公訴事実については、本条例が自動販売機への有害図書等の収納を禁止する目的は青少年に有害図書等を入手させないことにあり、年齢識別装置を取り付けて作動させている自動販売機から青少年が有害図書等を入手することは困難であるから、年齢識別装置を取り付け作動させている自動販売機に有害図書等を収納しても、本条例の処罰規定を適用するほどの可罰的違法性がなく、違法性が阻却されるとして、被告人両名をいずれも無罪とし、(2)平成一〇年二月二六日に、同県羽生市大字須影〈番地略〉に設置する自動販売機の中に、前同様のビデテープを収納したとの公訴事実(平成一〇年八月三一日付け起訴状記載の公訴事実第二の二)については、当該自動販売機に取り付けられた年齢識別装置が作動していなかったが、その維持管理に過失があり、本条例の処罰規定は右過失による過失犯も処罰する趣旨と解されるから、過失犯が成立するとして、被告人両名を有罪としているところ、その判断には、本条例一四条一項等の解釈、適用に明白な誤りがあって、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、原判決は破棄を免れない、というのである。

そこで、所論にかんがみ、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討する。

一  原判決の判旨

原判決は、(1)本条例一四条一項、二九条一号のように成人に対する関係においても有害図書等の流通を制約する効果をもたらす規制、それも刑罰による規制が正当化される根拠は、青少年の健全な育成を阻害する有害環境を浄化するための規制に伴う必要やむを得ない制約であると解されるところにある(最高裁判所第三小法廷平成元年九月一九日判決・刑集四三巻八号七八五頁参照)から、そのような範囲を超える行為まで処罰の対象に含めることはできない。右の理は、文理上処罰の対象となっているように見える場合であっても、規定の前提たる立法事実を検討した結果、実質的には右の意味における「必要やむを得ない制約」の範囲を超えていると評価される場合についても、同様に当てはまる、本条例八条も、拡張解釈を禁止するほか、右の趣旨も明らかにしたものである、(2)本条例の収納処罰規定の趣旨も、青少年の健全な育成を阻害する有害環境を浄化するため、青少年が自動販売機から有害図書等を購入できるような事態を防止することにあり、かつ、それに伴う必要やむを得ない制約であると評価される範囲内でのみ、右処罰規定が正当化されるのであり、本件自動販売機のように、年齢識別装置が設置されこれが正常に作動しているものについては、青少年が容易に有害図書等を入手し得ることは通常困難で、相当の蓋然性をもって予測されるものではないから、その自動販売機への有害図書等の収納を処罰するのは、「必要やむを得ない制約」を超えるものであって、本条例八条、一五条の趣旨からも、処罰の対象とするだけの可罰的違法性が欠ける旨判示している。

二  本条例一四条一項、二九条一号による自動販売機への有害図書等の収納規制の趣旨

1(一)  本条例は、「青少年の健全な育成を阻害するおそれのある行為を防止」することを通じて、青少年の健全な育成を図ることを目的としており(一条)、事業者には「その事業活動を行うに当たっては、青少年の健全な育成に配慮するように努めなければならない」との責務を課した上(五条の二)、事業者が自動販売機又は自動貸出機(以下「自動販売機等」という。)を設置するに当たっては、自動販売機等ごとに自動販売機等管理者(三条六号)を置かなければならないとするとともに(一三条、罰則二九条一号)、自動販売機等ごとに、事業者の氏名、住所、設置場所、自動販売機等管理者の氏名、住所、設置場所を提供する者の氏名、住所その他規則で定める事項をあらかじめ届け出ることや、その届出事項に変更等があったときには所定の期間内に届け出ることを定めて(一二条の二、罰則三〇条一号)、自動販売機等の設置、管理に万全を期している。そして、有害図書等の規制について、本条例は、県に「青少年の健全な育成に関する総合的な計画を策定し、国及び市町村と密接に連携して、これを実施するように努めなければならない」との責務を課した上(四条)、青少年の健全な成長を阻害するおそれのある行為を防止する施策の一つとして、知事は青少年に有害な図書、雑誌、磁気テープ等(三条三号)を指定することとし(一一条一項)、本条例自体において、知事指定の有害な図書等とみなす図書等(同条二項)を含む有害図書等については、何人も青少年に対し、売買し、交換し、贈与し、若しくは貸し付け、又は読ませ、聴かせ、若しくは見せてはならないとするとともに(同条三項、罰則二九条一号、違反者は当該青少年の年齢を知らないことを理由として、処罰を免れることはできない。ただし、当該青少年の年齢を知らないことに過失がないときは、その限りでない。三一条)、図書等の販売又は貸付けを営む者は、知事が有害な図書等として指定できる要件に該当すると認められる図書等を青少年に閲覧等がされないように管理しなければならないなどとして(一一条の二)、事業者に対しても、青少年の性的感情を刺激し、その健全な成長を阻害するおそれなどのある有害図書等を厳格に管理することを求めている。

(二)  その上で、本条例は、一四条一項において、有害図書等の自動販売機等への収納を禁止し、その違反者に対しては、二九条一号において、三〇万円以下の罰金に処することとし、三二条に両罰則規定を置いている。

2(一)  本条例の有害図書等の収納規制の本旨について、原判決が、青少年の健全な育成を阻害する有害環境を浄化するため、青少年が自動販売機から有害図書等を購入できるような事態を防止することにある旨判示している点について、所論は、右規制の本旨は、原判決が判示するように、単に青少年に有害図書等を入手させないということに尽きるものではなく、青少年に有害図書等を目に触れさせない、耳にも入れさせないなど五感の作用によって感知させないとの絶対的禁止にある、という。

(二)  本条例は、前記1において見たように、事業者が有害図書等を自動販売機等に収納するに当たっては、自動販売機等ごとに設ける自動販売機等管理者と共に、図書等が青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるものでないかどうかにつき常に関心を払うことを要請しているばかりか、青少年が有害図書等を入手することがないよう厳格に自動販売機等を設置、管理することを要請していることなどからして、その規制は厳格なものである。本条例を通覧すると、明文で一四条一項の適用が除外されるのは一五条及び三三条の場合に限られている。

(三)  先に見たような本条例の規定、そして、本条例が有害図書等について規制する目的、趣旨が青少年の健全育成を阻害する環境の浄化にあることからすれば、本条例の有害図書等についての規制が、所論のいうように絶対的禁止にあるとまで言えるかどうかはともかく、可能な限り有害図書等を青少年の目に触れさせないようにすることにあり、一四条一項の規定が適用除外される場合も、一五条及び三三条の場合のように、本条例による規制の趣旨、目的にそわないものでないことが明らかな場合に限っているものと解される。

三  最高裁第三小法廷平成元年九月一九日判決について

1(一)  原判決が援用する右最高裁判決は、本条例と同種の岐阜県青少年保護育成条例について、有害図書の自動販売機への収納の禁止は、青少年に対する関係において、憲法二一条一項に違反しないことはもとより、成人に対する関係においても、有害図書の流通を幾分制約することにはなるものの、青少年の健全な育成を阻害する有害環境を浄化するための規制に伴う必要やむを得ない制約であるから、憲法二一条一項に違反するものではない旨判示している。

(二)  右最高裁判決の判旨とするところは、本条例と同様の岐阜県条例による自動販売機への有害図書の収納禁止の規制が、青少年の健全な育成という目的と合理的関連性を有する、必要性及び合理性のある規制であり、青少年の健全育成の目的からする有害図書の自動販売機への収納規制の結果として、本来これらの図書を購入、入手することができる成人においても、購入、入手することが制約されることになる点について、有害図書の閲読等をしようとする成人との関係では、その規制は、付随的ないしは反射的な制約にとどまり、性質上、直接的な規制とはいえず、成人に対する関係での流通がその程度制約されることがあってもやむを得ないとし、成人が書店等で有害図書を入手することが可能であるなどの点にも照らすと、右規制による制約の程度は著しいものともいえないから、その規制をもって、憲法二一条一項に違反するということはできないとしたものと解される。

2(一)  本条例が、青少年の健全な成長を阻害するおそれのある行為を防止するため、前記二の1で見たような自動販売機等に対する規制、有害図書等の規制を周到に行っていることに照らすと、本条例一四条一項は、文面どおり、自動販売機への有害図書等の収納を一律に禁止しているものであって、本件のような年齢識別装置が取り付けられているか否か、その機能、特質等によって、規制の対象としたり、対象外とするように適用を異にする運用を容認し、予定しているものと解することはできない。所論が指摘するように、原判決の説示は、本条例の「自動販売機」という概念に多義性を持たせることに帰するものであって、文理に反することになるし、年齢識別装置の精度を犯罪の成否の基準とすることは、構成要件をあいまいにし、法的安定性を害するとの批判を免れない。

(二)  原判決がその趣旨を援用する本条例八条は、「この条例は、青少年の健全な育成を図るためにのみ適用するものであって、これを拡張して解釈し、県民の自由と権利を不当に制限するようなことがあってはならない。」と規定している。この規定は、本条例の解釈運用の原理ないし指針を示したものであって、本条例一四条一項の文理に反して、年齢識別装置が取り付けられた自動販売機への有害図書等の収納を禁止の対象から外すべきであるなどと、要件を付加し、限定解釈をすべきことまでの趣旨を当然に含むものとは解し難いことは、所論のとおりである。仮に、原判決のように解釈すべきものとすると、年齢識別装置付きの自動販売機を規制対象とすることができないこととなって、青少年が有害図書等に接する機会が増えることとなり、本条例の趣旨、目的に背馳し、かえって本条例八条の趣旨にもそわないこととなる。

(三)  原判決がその趣旨を援用する本条例一五条は、「第十二条の二から前条までの規定は、この条例又は他の法令により青少年を客として入場させることが禁止され、かつ、外部から図書等又はがん具等の購入又は借受けをすることができない場所に設置される自動販売機等については、適用しない。」としている。

所論は、自動販売機に収納された有害図書等が街頭にさらされているために購買意欲を刺激しやすいことによる弊害をも排除しようとすることにあることは、本条例の制定経緯等から明らかであり、本条例一五条において、自動販売機への有害図書等の収納規制が、青少年の入場、立入りの禁止が罰則により担保されている場所における自動販売機による図書等の販売の場合に適用が除外されているのは、年齢を確認するために確実な調査方法が講じられる対面販売の場合と同視し得るからであると解されるところ、自動販売機に年齢識別装置を取り付けたとしても、そのような意味での対面販売的要素は皆無である、という。

自動販売機による有害図書等の販売は、売手と対面しないため心理的に購入が容易であること、昼夜を問わず購入ができること、収納された有害図書等が街頭にさらされているために購入意欲を刺激しやすいことなどの点において、書店等における販売よりも弊害が一段と大きいといえる(前記最高裁判決参照)。本条例一五条が、本条例又は他の法令により青少年を客として入場させることが禁止され、かつ、外部から図書等の購入又は借受けをすることができない場所に設置される自動販売機等については、自動販売機等に関する一二条の二ないし一四条の規定を適用しないとしている趣旨も、そのような場所に設置される自動販売機には、通常右のような弊害は生じないと考えられることによるものと解される。そうであるとすると、所論も指摘しているとおり、売手と買手が対面することが予定されていない場所に設置された自動販売機等による販売は、たとえ年齢識別装置が設置されこれが正常に作動していたとしても、本条例一五条が規定する場所に設置された自動販売機等による販売とは、条件を異にするものであって、同列に論ずることはできず、原判決の立論は、前提において首肯し難い。

(四)  所論は、原判決が説示する可罰的違法性は、「必要やむを得ない制約」か否かという、それ自体意味内容の不明確なものであり、判断が恣意的、主観的にならざるを得ないものを判断基準とするもので、明確であるべき構成要件を不明確にし、そのために法的安定性を害するものである、という。

原判決のいう「可罰的違法性」の概念、位置付けは、必ずしも明瞭ではないが、原判決の判断の仕方によれば、年齢識別装置の設置された自動販売機については、常に個々の自動販売機の年齢識別装置ごとの仕組み、性能等を検討することによって、しかも規制が「必要やむを得ない制約」という必ずしも明確でない基準に照らして判断されることになる点で、所論も指摘するとおり、本条例一四条一項の適用範囲が必ずしも明確でないこととなるほか実質的には、結局、ある程度の性能の年齢識別装置が設置され、それが正常に作動していれば、その自動販売機については、可罰的違法性がなく、本条例一四条一項の対象とはできないということとなり、解釈によって実質的な適用除外規定を創設したにも等しい結果となる。このような解釈は、既に前記二で検討したところから明らかなように、本条例の予定しないことと解され、左袒することができない。

四  本件年齢識別装置付きの自動販売機への有害図書等の収納と可罰的違法性

1  本件起訴にかかる各自動販売機に取り付けられている年齢識別装置の仕組及び性能について見るに、実況見分調書八通(原審検察官請求甲一五、二五、三九、五一、六二、七八、八九、一〇一号証)、登録実用新案公報抜粋、実用新案登録証及び仕様書(原審弁護人請求一二、一三及び一八号証)、証人小寺利男の原審証言等の関係証拠によれば、本件の自動販売機から図書等を購入するに当たっては、自動販売機に取り付けられている年齢識別装置に運転免許証をまず挿入しなければならないこと、運転免許証の真贋はそれに光を当てて反射率で見分けること、挿入された運転免許証からCCDカメラが読みとった生年月日欄の数字と、挿入時の年月日との差を演算装置で計算し、その時点で満一八歳未満の場合は販売不可、満一八歳以上の場合は販売可となること、年齢識別装置は運転免許証の文字がにじんでいたりすると受け入れない場合があるほか、車の通行が激しい場所などでセンサーが汚れると測定できなくなるが、それらの場合には購入できない事態が生じるだけで、本来購入できない者が購入できるという誤りが生じることはないこと、ただし、原判決が過失犯の成立を認めて有罪とした埼玉県羽生市大字須影〈番地略〉に設置された本件自動販売機に取り付けられていた年齢識別装置は、電源が切れていて作動しなかったこと、同県大里郡岡部町大字針ケ谷〈番地略〉に設置された本件自動販売機に取り付けられていた年齢識別装置については、いったん運転免許証を挿入して販売可となると、その状態が二分三〇秒続き、その間は次の者が購入しようとすればそれが可能であったことが認められる。

2(一)  右に見たように、自動販売機に年齢識別装置が取り付けられている場合においても、年齢識別装置は挿入された運転免許証が満一八歳以上の者のものであるかどうかを判別するだけで、収納された有害図書等を購入しようとする者の年齢が実際に確かめられるわけではなく、また、購入に当たって対面販売等の場合のように、年齢が確かめられるというようなこともなく、購入しようとする者に心理的な負担感が少ないことも明らかなところであり、年齢識別装置が取り付けられている場合であっても、青少年が、自動販売機が街頭に設けられているために購買意欲を刺激され、満一八歳以上の近親者、友人らの運転免許証を無断で借用して、あるいは、本件においてもあったように年齢識別装置が作動していない状態に乗じるなどして、自動販売機に収納されている有害図書等を購入することはあり得るところと考えられる。年齢識別装置が取り付けられた自動販売機への有害図書等の収納を禁止することは、右のような弊害を防止する点においても、必要であるといわなければならない。

(二)  青少年が何らかの方法で成人名義の運転免許証を入手するなどして、これを使用して本件のような自動販売機から有害図書等を購入することが、原判決の言うように経験則上まれな事態であるかどうかはともかく、そのような事態があり得る以上、青少年に有害図書等を近づけないという本条例の趣旨目的をより的確かつ効果的に実現するためには、年齢識別装置付きの自動販売機への有害図書等の収納をも規制することもやむを得ないものと考えられる。これによって、成人に対する関係でこれらの図書の入手が制約されることになるとしても、そのような制約は、青少年の健全育成の観点からは、必要やむを得ない制約というべきことは、前記最高裁判決の判旨について、前記三の1(二)で検討したところに照らし、明らかである。

3  前記最高裁判決の判旨とするところからすれば、年齢識別装置が取り付けられた自動販売機等への有害図書等の収納を禁止の対象から外すかどうかは、専ら各地方公共団体の立法裁量に属する事柄に過ぎないものと解されるのであって、本条例のように文面上これを除外せず禁止の対象としているとしても、その規定が違憲となるものとは解されず、違法性の有無の判断の如何によって適用違憲の問題が生じるものとも解されない。

五  本件各収納行為の可罰的違法性

1  以上に検討してきたところからすると、本件自動販売機への有害図書等の収納行為は、その自動販売機に年齢識別装置が設置されていた否か、そしてそれが正常に作動していたか否かにかかわりなく、本条例一四条一項に違反するものであることは明らかである。

2  そして、関係証拠によれば、本件の各自動販売機への有害図書等の収納行為は、被告人甲野太郎が取締役を務める被告人会社の営業行為として敢行されたものであり、押収されている、本件各自動販売機に収納されたビデオテープや雑誌はいずれも有害図書等として有害性が低いとは見られず、たとえ右各自動販売機に年齢識別装置が設置され、これが正常に作動していたとしても、本件自動販売機への有害図書等の収納は、決して違法性の軽微なものではなく、各収納行為が実質的違法性を具備するものであることは明らかである。そもそも、本条例は、二九条一号において一四条一項違反行為に対して三〇万円以下の罰金刑で臨んでいるに過ぎないことにも照らすと、本件各収納行為が類型的に見て可罰的違法性が低いということができないことはもとより、実質的違法性の程度という観点から見ても可罰性を欠くということもできない。

原判決のこの点に関する判断は、可罰的違法性論の適用の当否の点をさて措いても、前提において、失当たるを免れない。

六  結論

以上を要するに、原判決が、年齢識別装置が取り付けられて作動している本件の各自動販売機への有害図書等の収納行為をいずれも無罪とした判断には、本条例一四条一項の解釈適用を誤った違法があるというほかはない。そうである以上、年齢識別装置の電源が切れていて作動していなかった点に過失犯の成立を認めて有罪とした本件の自動販売機への有害図書等の収納行為も、故意犯として処罰すべきことは明らかであって、これを過失犯として処罰した原判決の判断にも、その前提とする本条例一四条一項の解釈適用に誤りがあるといわなければならない。

これらの法令解釈適用の誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであって、結局、原判決は、全部破棄を免れない。

論旨は理由がある。

〔二〕  破棄自判

そこで、刑訴法三九七条一項、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書により、被告事件について更に次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人有限会社Aは、横浜市青葉区〈住所略〉に本店を置き、自動販売機により図書等の販売を業とするもの、被告人甲野太郎は、被告人会社の取締役としてその業務全般を総括掌理するものであるが、被告人甲野太郎は、被告人会社の業務に関し、

第一  被告人会社の従業員乙川一郎と共謀の上、平成九年一一月二七日、いずれも、右乙川が、

一 埼玉県熊谷市大字中奈良〈番地略〉において、被告人会社が設置する自動販売機に、全裸、半裸若しくはこれらに近い状態での卑わいな姿態又は性的な行為を描写した場面の時間の合計が三間分以上のビデオテープ「淫乱性女・浜辺のエクスタシー」(当庁平成一一年押第四六一号の1)及び前同様の卑わいな姿態又は性的な行為を被写体とした写真を二〇頁以上掲載した雑誌「レモンプレス・7月号」(同押号の2)を販売目的で収納し、

二 同県大里郡江南町大字野原〈番地略〉において、前同様の自動販売機に、前同様のビデオテープ「制服の謝肉祭・引き裂かれた欲望」等二本(同押号の3及び4)を販売目的で収納し、

三 同県熊谷市大字佐谷田〈番地略〉において、前同様の自動販売機に、前同様の雑誌「超天然素人娘・8月号」(同押号の5)を販売目的で収納し、

第二  乙川と共謀の上、平成一〇年二月二六日、いずれも同人が、

一 同県羽生市東〈番地略〉において、前同様の自動販売機に、前同様のビデオテープ「スケベっ娘くらぶ・VOL3」(同押号の6)を販売目的で収納し、

二 同市大字須影〈番地略〉において、前同様の自動販売機に、前同様のビデオテープ「もっと知りたいの」(同押号の7)を販売目的で収納し、

第三  被告人会社の従業員丙山二郎と共謀の上、同年一一月二五日、同県大里郡岡部町大字針ケ谷〈番地略〉において、右丙山が、前同様の自動販売機に、前同様の雑誌「SM制服コレクション」(同押号の8)及び前同様のビデオテープ「和紙箱に愛をこめて」(同押号の9)を販売目的で収納し

たものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人甲野太郎の判示各所為は、いずれも刑法六〇条、埼玉県青少年健全育成条例三二条、二九条一号、一四条一項、一一条二項に、被告人会社にかかる判示各事実は、いずれも同条例三二条、二九条一号、一四条一項、一一条二項に該当するところ、以上はそれぞれ刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項によって各罪所定の罰金の多額を合計した金額の範囲内で、被告人会社及び被告人甲野太郎をそれぞれ罰金九〇万円に処し、被告人甲野太郎においてその罰金を完納することができないときは、同法一八条により金五〇〇〇円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置し、押収してあるビデオテープ一本及び雑誌一冊(当庁平成一一年押第四六一号の1、2)は判示第一の一の、同ビデオテープ二本(同押号の3、4)は判示第一の二の、同雑誌一冊(同押号の5)は判示第一の三の、同ビデオテープ一本(同押号の6)は判示第二の一の、同ビデオテープ一本(同押号の7)は判示第二の二の、同雑誌一冊及び同ビデオテープ一本(同押号の8、9)は判示第三の、各犯罪行為を組成した物で、いずれも被告人会社以外の者に属しないから、同法一九条一項一号、二項本文を適用して、被告人会社からこれらを没収することとする。

(弁護人の主張に対する判断)

一  原審弁護人は、(1)本件を有罪とすることは、本条例一条、八条の各規定に違反し、結果として表現の自由を規定する憲法二一条一項、二項違反の疑義が生ずる、(2)本条例一四条は、青少年以外の者に対する自動販売機を使用した刑法一七五条に該当するものを除いた有害図書等の販売までを規制するものではないと解釈しなければ、本条例に反することはもとより、憲法二二条一項、二項に違反する結果を容認することになる、(3)青少年には有害図書等の販売ができないが、青少年以外の者には販売できる年齢識別装置を取り付けた自動販売機については、本条例にいう自動販売機には当たらないと解し得るか、本条例一五条の場合と同視又は準ずるものとして、適用除外の結論を導くことが可能であるなどと主張し、被告人らは無罪であるとしている。

しかしながら、本件に本条例一四条一項、二九条一号を適用し、処罰したとしても、憲法二一条、二二条に違反することになるものではないことは前記最高裁判決の判旨に徴し明らかであり、その余の主張も、前提において首肯し難いなど、採用し難いことは、既に検察官の控訴趣旨について検討したところから明らかであって、原審弁護人の所論は、いずれも理由がない。

二  当審弁護人は、(1)青少年にも読む自由が保障されているのであるから、その自由を規制する目的は明確なものでなくてはならないと同時に、出版社や流通業者など送り手の権利や成人の受け手の権利を考えれば、規制の手段は可能な限り「より制限的でないもの」でなければらないと考えられるから、本条例一四条一項が年齢識別装置が取り付けられ作動している自動販売機への有害図書等の収納をも禁止するものであるとすれば、いわゆるLRAの準則に反し、憲法二一条に違反することになる、(2)言論、出版の自由の保障は、その社会的責任をまずメディアの自主規制にゆだねることをも意味しているところ、自動販売機への有害図書等の収納の規制は、自動販売機に年齢識別装置を設置することが、考えられる範囲で最善の自主規制方策である、(3)本条例が採用している有害図書等の包括指定制度による表現の不当抑圧の危険を最小限にとどめるためにも、収納処罰規定を厳格に制限することを通じて包括指定制度による萎縮効果をできるだけ解消すべきである、などとし、本件に本条例一四条一項を適用して処罰することはできず、被告人らは無罪であると主張する。

1 しかしながら、右(1)の主張については、青少年に知る自由が保障されているにしても、本条例上満一八歳未満の者とされる青少年(ただし、婚姻により成年に達したものとみなされる者を除く。三条一号)は、一般的に見て精神的に未熟であって、その健全な成長を阻害するおそれのある有害図書等から青少年を隔離する必要があることは明らかであるから、自動販売機等への有害図書等の収納禁止規定の目的が明確でないとはいえない。そして、自動販売機等への有害図書等の収納を禁止するという規制は、青少年の健全な育成を図るためのものであって、既に検察官の控訴趣意について検討した際論じたとおり、その規制のために、出版社や流通業者など送り手が自動販売機等を使用しての出版、営業を規制され、成人の受け手が自動販売機等からの情報等の取得を規制されるとしても、その規制は、付随的ないしは反射的な影響を及ぼすにとどまり、性質上、直接的な規制とはいえないばかりか、送り手は書店等で有害図書等を出版し、販売等の営業を行うことが可能であり、成人の受け手も購入等が可能であることなどの点に照らすと、制約の程度も著しいものともいえないから、その規制をもって、憲法二一条一項等に違反するということはできない。このことは、前述のとおり、前記最高裁判決の判旨に徴し明らかである。また、いわゆるLRAの準則に反する旨の主張については、いずれにしても、本件においては、これを適用する前提を欠いていることが明らかであって、この点に関する所論も採用することができない。

2 (2)の主張については、本条例の目的にかんがみ、さらには、ビデオ業界や出版業界にいわゆるアウトサイダー的な事業者が多いとうかがわれる現状にも照らすと、青少年の健全な成長を阻害するおそれのある行為の防止を、メディアの自主規制にゆだねることで足りるものとはいえず、本条例における規制は必要かつやむを得ないものというべきである。

3 (3)の主張については、知事が個別に有害な図書等を指定する方法による規制では、業者が一夜のうちに表紙を付け替えるなどして容易にその規制を免れることが可能で、その実効性が上がらないことから、本条例の有害図書等の知事による指定の方法が、いわゆる「みなし有害図書等」の方法とともに、合理性が認められるものとして採用されているものである。本条例一一条及び別表第一からも図書等を有害とする基準が不明確ということはできず、これらの規制による結果、業者が制約を受けるとしても、それは青少年の健全な育成を図るための必要かつやむを得ない制約と考えられるから、不当な萎縮効果が生じることを前提とする主張は、採用の限りではない。

4 その他、本件については被告人らをいずれも無罪とすべきであるとして、当審弁護人が種々主張する点について逐一検討を加えてみても、既に検察官の控訴趣意について検討したところから明らかなとおり、いずれも採用できない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 龍岡資晃 裁判官 植村立郎 裁判官 波床昌則)

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